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2004.10.15

ジョアン・ジルベルトの夜 その3

そういえば、あの独特のリズムとささやくような唄い方は、のちに多くのエピゴーネンを生み、やがてそのスタイルはボサノヴァと呼ばれるようになった。だれがいつボサノヴァという呼称を使い始めたのか?ルイ・カストロの「ボサノヴァの歴史」によれば、どうもはっきりしないみたい。いずれにしろ、新しいスタイルには新しい呼び名が必要だ、てんで誰かが使い始めたには違いない。ジョアン・ジルベルトはボサノヴァだと云われる。確かにボサノヴァのスタイルを確立した人であるけれども、彼自身がその呼び名にこだわっている、とか、ボサノヴァ創始者としての自負を感じている、とか、そんな話は聞いたことないし、感じたこともない。インタヴュー嫌いの人だからホントはどう思ってんだか?わからない。
ときどき、「ジョアンがボサノヴァなのだ」ていう云い方をする人がいる。それはつまり裏返せば「ジョアン以外のボサノヴァはホントはボサノヴァじゃない」と云ってるわけだ。そう云いたい気持ちはわかるけれども、いますでに、ボサノヴァというジャンル/スタイルが確立してしまっている以上、そう云われてしまってはとても困ることになる。たったひとりのスタイルを呼ぶための名前なぞ別に必要ではないからだ。いままでボサノヴァと呼んでいた音楽を明日からなんて呼べばいいのか?
ジョアンの音楽について語りたければ、「ジョアンの音楽」と語ればいいので、べつにそれがボサノヴァであろうとなかろうとどっちでもいいんではないでしょうか?今回の公演で、ここの管理人は、すばらしいボサノヴァが聴きたかったわけではない。ジョアン・ジルベルトの音楽を聴きたかったのだ、と云っとこう(笑)

やはり、なかなか本題に入りません(>_<)

ここの管理人は、音楽や美術、その他の芸術作品を単にジャンルやスタイルで語る人は基本的に信用しておりません。がははー。仕方ないネ。
どんな創作活動も、ひとたびスタイル(様式)として安定してしまったときから堕落を始めるように思います。
ジョアンがボサノヴァという音楽ジャンルに汲々としているようにはみえない。
そういう人みたいなンですよネ。だから好きだ。

つづく(たぶん)

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