2005.02.22

ポンフェイのHP

ポンフェイのHP、オープンしましたー!
こちら
ここにのっかってるフライヤー等はそのうち削除します!
中身は...おいおい、整えていこうかな?(本人談)

050302追記。
ここ「ごくつぶし」掲載の「月刊ポンフェイ」「ライブ告知フライヤー」はすべて削除しました。
ご覧になりたい方は、ポンフェイさんのサイトを見てくださいね?

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2005.01.12

ポンフェイから新年のごあいさつ。

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2004.12.11

ポンフェイちゃんライブです。

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ポンフェイちゃん、ライブ情報です。
12月28日麻布SuperDeluxe
詳細はこちら
TUAA Collection 4th。
たとえば、音楽で「メジャー」と「インディーズ」の区別さえあいまいになってきてるようないまどき、「アンダーグラウンド」ていうのは、ちょっと気恥ずかしいですけどね(笑)
ポン☆フェイさんとは2度会ったことあるきりですけれど、なかなか面白いキャリア?の持ち主です。昔彼女はまんが描いたりしていたが、いまは音楽やってるらしい。たぶん、面白いと思うので(笑)、お時間ある方は、六本木に足を運んでみてくださいナ。年末もぎりぎりの時期ですけど、こんなふうに新年迎えるこころづもりするのもいいでしょうネ。
ギターかピアノの弾き語り。フォークぽい感じなんだそうです。

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2004.10.23

ジョアン・ジルベルトの夜 その4

これでおしまい。

10月2、3日大阪公演の様子がどうだったか?知らない。なか二日おいて、10月6、7、10、11東京公演。ぼくが行ったのは、東京二日目の7日と最終日の11日。
東京初日、どうだったンだろ?て思っていたら、コンサート終了後、当日会場にいた人からメールもらいました。それによれば、「良くも悪くも、去年よりだいぶリラックスしていた。驚いたことにインスト曲あったよ」という話。別の人からは、「ジョアンお疲れみたいでしたよー」という話。開演は40分遅れだったらしい。あいかわらず。今年は、気楽な感じかナ?とか思っていました。

東京二日目。夕方、国際フォーラムの中庭で待ち合わせ。最近結婚したばかりの、なつかしい友達と会いました。海の色の首飾りしていてみとれました。カフェーでビールと軽食、おしゃべり。開場時間、だいぶ過ぎてから入った。この日は会場のムードからして、なにげになごやか。だれか有名人いないかナ?て思って探したけど見当たらず。この日、菊地成孔いたそうですネ。彼の日記にそう書いてある。それはあとからお友達に教えてもらった。この日、10列目に座ってたんだけど、お友達がオペラグラス持って来てたんで使ってみました。前のほうの席だからオペラグラスいらないかと思ったら大間違いで、手を伸ばすと届きそうなとこにジョアンがいてびっくり!なかなかいいナーて思いました。オペラグラス。
姿を現したジョアンもなにげにリラックスした雰囲気で、椅子に腰おろすなりいきなり唄い始めました。調子良さそう。インスト曲ありましたネ。ボンファのなんとかいう曲カナ?日本語タイトル、知らない。かわいらしい曲。ジョアン、すごく楽しそうに弾いていました。あと、インセンサテスやった。めずらしーて思って。ジョビンの名曲ですが。日本では好きな人多いでしょうネ?あいかわらず、前倒しに唄うジョアンでした。途中、立ち上がって足でちょいちょい、とマイクの位置を直したり。「アリガト...」とか云いながら椅子に腰をおろしてまた唄いだしたり。ジョアンの楽しげな雰囲気は会場にも伝わって、いい気分なコンサートでした。コンサート終了後、だいじなお友達はダンナに拉致されてどこかへ連れ去られたので、残ったもの数名で付近の中華屋で感想会。最近の映画や写真展の話などしていました。ジョアンが「アリガト。ジャポン。タコヤキダイスキ」て話したとかいうウワサもありましたが、ウソだった、と判明いたしました。

なか二日おいて10日。東京3日目。
コンサート終了直後、知り合いからもらったメールをそのまま紹介しときましょう。
 今年もジョアンの地蔵化が復活!
 10分くらい固まった後「ジャポン、●□▽%▼*@」って何か喋ってた。
 演奏も良。明日も期待できるんじゃないでしかね。
 でもやっぱり今年は客が良くない気がするのは私だけかしら…。

えー、またフリーズしちゃったんだ!またかよ!(笑)て思いました。明日はどうなるンだろ!?て思っていました。

10月11日、2004日本公演、最終日。
この日のジョアンはどうかしていたと思います。
夕方、どきどきしながら会場へ向かいました。どきどきしたのは理由があって、もちろん、ひとつはジョアン最終日に対する期待と不安、そいから、この日また、なつかしい友達と待ち合わせしていたの。ここの管理人の憧れの人なのだけど(笑)少し早く着いたので、国際フォーラム中庭のベンチで、待っていました。「こんにちは」て現れた彼女は、こげ茶色のワンピースにターコイズブルーのカーディガン着てあいかわらず、おかっぱの人でした。これまたあいかわらずな、大きな目玉をくりくりさせて笑っていた。ひゃー、あいかわらずカーイー!(>_<) て、卒倒しそうになるのをこらえて「やー、元気そうですネ」て云うと躍るようにからだを揺らして笑いました。ちっとも歳とってないみたいに見える。とても美しい人なンだ(笑)まだ時間あるのでカフェーでしばらくおしゃべりしてました。開場時間少し過ぎてから会場に入りましたが...あー今日が最後なんだナー、て、みんな思ってるのかどうか?知らないけど、リラックス・ムードのなかにもなにげに緊張感あり。その証拠に?、開演までに何度もトイレ行きたくなりました。ビール飲んだりしていないのに。
20分遅れくらいで始まったかナ?ジョアンじいさん、よぼよぼ出てきて、観客席に向かって3度ほど軽くお辞儀してます。わー!カーイー!あんなよぼよぼでだいじょうぶ!?とか、それはこないだも思ったんだけど、今日もやはりそう思う。椅子に腰おろしておもむろに唄いだしますが、ギター弾く手はとても堅実で手だけ見てたらこれがあんなおじいちゃんの手の動きだとは思われない。この日は会場内で借りたオペラグラスでときどき見ていました。ところで、東京国際フォーラムでオペラグラス、貸し出しと販売としてるンだけど。見比べてみたんだけど。貸し出してるヤツ、視野広くて見やすかった。オススメ。
この日、即興部分がたくさんでした。音楽のボキャブラリーないので、なんとも正確に話せないのがもどかしいンだけど、聴いた覚えのないおかずみたいなギターがしょっちゅう入ります。唄も行ったり来たり。前倒しに唄う唄い方はあいかわらずだけれど、そう、デサフィナドなんか、あーおしまいだー、てフェードアウトしていくギターのリフで拍手するこころの用意をしていたら、突然ふたたび主旋律に戻って唄い始めたりしてびっくり!どうしたの!?て感じでびっくりしてジョアン見ていますが、気にせず唄いつづけます。なんだか好き勝手に唄ってるみたいな感じ。思い切り楽しい演奏したい!て思ってるみたいな感じ。そんな雰囲気が観客席にも伝わってきて、だんだんなんだか、思わず手に汗握りました。そしてウワサのフリーズ。わー!またやるのかよ!て思いましたが、拍手しつづけました。ウワサによれば、ジョアンはこのとき、拍手の音ひとつひとつに聴き入ってるらしい。20分か30分くらいして、スタッフの制止でようやく拍手が鳴り止むと、ジョアンなにごともなかったかのように顔をあげて、なんか云っていました。拍手。そしてまた演奏。どういうタイミングでだったか?ジョアン、わざわざギターを床に置いて、マイクの前にたって軽くお辞儀して、観客に向かって軽く拍手したネ。自分の胸に手をあてて観客席に向かって小さな拍手。にこにこしながらそんなして、なんだか感動。椅子に座ってからなんか云ってましたが、わからない。あとから聞いたところによると、ポルトガル語、英語、フランス語、日本語とりまぜてしゃべってたそうですが。したら、なんと!いきなり、♪ジャポーン、とか云いながら唄いだしたじゃないですか。なんだそりゃ!?ジャポーン*`='(=~@~|}*?_}+ コラサォン~とか8小節だか16小節だかくらいの短い即興してびっくり!あー、調子がわるいので、これでおしまいネ、てな感じで喉に手をやって、みんなに向けて手を広げて。こんなメッセージは前代未聞。会場割れんばかりの拍手の嵐。(←日本語おかしいが気にしない)なにが起こったんだー!て感じでまいりました。ぼくのとなりの美しい人は何度もハンカチを目にやって。どきどきしてしまいました。今日のジョアンはおしゃべりでした。なんども観客席にメッセージを送っていました。わかってもらえてないかな?ていう気持ちが各国語とりまぜたあいさつになったのかなー?と思いますが。あるいはメッセージをストレートに伝えることになにかしら照れくささを感じていたカモ。アンコール2回。一度目のアンコール後、何曲かやってひっこんだんですが、2回目のアンコール、ジョアン、どう思ったのか?次から次に演奏してえんえんと終わりません!(笑)なんだかなつかしい曲たくさん、次から次に、これが最後だとばかり演奏しつづけて、びっくりしました。どうしよう。いつ終わるんだろうか?ジョアンくたびれて倒れちゃうんじゃなかろうか!?て思いました。結局、4時間近く演奏したんですが。信じられないライブを体験した気がして、ぼんやりしながら会場をあとにしました。
感想会、やろうと思って地下に下ります。今日は、いっしょにいた美しい人以外知り合いいなくて。知ってる人、ひとりいたはずなんだけれど、会場で会えなかった。ふたりで地下の沖縄料理屋を目指しました。がー、ザンネンながら閉まってた!「あらー、なんで閉まってンのかな?」「コンサート長びいちゃったからネ」とか。しょうがないから、となりのフツーのイタ飯屋?でビールと晩ご飯。ジョアンのライブでもうぐったりくたびれちゃって、お腹減りました。あんまし話すことはない。ぱくぱく食べました。美しい人の顔をよく見たかったけれど、向かい合って座るとなかなかそれはむずかしいので、しまった...て思っていました。ジョアンの信じがたいみたいなコンサートと、久しぶりの美しい人との再会で、ぼくの頭はかなりぼんやりしていました。ジョアン、なんつってたのかなー?ていう話などして。メゥコラソン、とか云ってたけれど、あれ、私のこころ、て意味ですよ、て教えてもらった。そうだったのか...お別れしたあとメールで、あとフランス語しゃべってたみたいですネ、iciなんとかって。「ここ」ていう意味なんですけど、ても教えてもらった。「ずっとここにいたい」というようなことを云ってたんだろうか?ひー!(>_<)泣かせるじゃんか、バカヤロー!て思いました。なんでそんなに外国語聞き取り出来るんだバカヤロー!ても思いました。美しいだけでない、カシコイ人なのよネ(笑)
奇しくも?前日、10月10日は、いちばんのお友達に一人目の子ども生まれた日でした。元気な大きな男の子らしい。天丸くんという。いい名前。まだお祝いしていない。これからやる。さらに奇しくも?10月10日は別のお友達の誕生日でもある。忘れられない日となりました。
それからずーと、なんにも聴いていなかったんだけれど、昨夜、ギャビン・ブライヤーズ with トム・ウェイツの「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」を聴きました。今日、村冶佳織ちゃんのギターを聴いている。この一週間ほど、頭の中でなっていたのは、ジョアンの曲、おもに「バイーアの思い出」とあと、バッハのフルート・ソナタでした。あんなすごいコンサート体験してなお、いったいなにを聴くことができるのか?て思っていました。いつまでも覚えていたいけれど、さすがにだんだんディテールは忘れてきました。長い時間が過ぎてなお、また思い出すこともあるでしょう。
ぼんやりしながら帰る途中、電車の中でもらった弟のメールを引用しときましょう。なかなか的確だと思われる。
 しかし今年はやっぱりリラックスモードだったんだろうねぇ。
 昨日で言えば「オール・オブ・ミー」
 何かもすさまじく変化するリズム・バリエーションだったし、
 違う曲の一部分を大胆にアダプトしたり、今年は演奏の即興性と自由度が高いような気がするね。
 今日の感じを聞いてみても、何だか今年は去年とは対照的な、
 饒舌なジョアン(ま、実際のジョアンも饒舌らしいしね)を見た、って感じだね。
 これもまた奇跡なり。

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2004.10.15

ジョアン・ジルベルトの夜 その3

そういえば、あの独特のリズムとささやくような唄い方は、のちに多くのエピゴーネンを生み、やがてそのスタイルはボサノヴァと呼ばれるようになった。だれがいつボサノヴァという呼称を使い始めたのか?ルイ・カストロの「ボサノヴァの歴史」によれば、どうもはっきりしないみたい。いずれにしろ、新しいスタイルには新しい呼び名が必要だ、てんで誰かが使い始めたには違いない。ジョアン・ジルベルトはボサノヴァだと云われる。確かにボサノヴァのスタイルを確立した人であるけれども、彼自身がその呼び名にこだわっている、とか、ボサノヴァ創始者としての自負を感じている、とか、そんな話は聞いたことないし、感じたこともない。インタヴュー嫌いの人だからホントはどう思ってんだか?わからない。
ときどき、「ジョアンがボサノヴァなのだ」ていう云い方をする人がいる。それはつまり裏返せば「ジョアン以外のボサノヴァはホントはボサノヴァじゃない」と云ってるわけだ。そう云いたい気持ちはわかるけれども、いますでに、ボサノヴァというジャンル/スタイルが確立してしまっている以上、そう云われてしまってはとても困ることになる。たったひとりのスタイルを呼ぶための名前なぞ別に必要ではないからだ。いままでボサノヴァと呼んでいた音楽を明日からなんて呼べばいいのか?
ジョアンの音楽について語りたければ、「ジョアンの音楽」と語ればいいので、べつにそれがボサノヴァであろうとなかろうとどっちでもいいんではないでしょうか?今回の公演で、ここの管理人は、すばらしいボサノヴァが聴きたかったわけではない。ジョアン・ジルベルトの音楽を聴きたかったのだ、と云っとこう(笑)

やはり、なかなか本題に入りません(>_<)

ここの管理人は、音楽や美術、その他の芸術作品を単にジャンルやスタイルで語る人は基本的に信用しておりません。がははー。仕方ないネ。
どんな創作活動も、ひとたびスタイル(様式)として安定してしまったときから堕落を始めるように思います。
ジョアンがボサノヴァという音楽ジャンルに汲々としているようにはみえない。
そういう人みたいなンですよネ。だから好きだ。

つづく(たぶん)

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2004.10.14

ジョアン・ジルベルトの夜 その2

ジョアン、まだ日本にいるんだろうか?
いま思い出しても夢のような心地がする。
今年のライブからDVD作られる予定だそうなので、その打合せやなんかでまだ滞在してンでしょう。去年は、急遽CD化の話が持ち上がって、帰国の日程2度、延期したらしいし。
ビデオカメラまわしてる人、いましたネ。録音・撮影のためだったのかもしれないんだけど、東京二日目、スタッフがけっこう観客席のあいだの通路を走り回ってて、ちょっと興ざめ。しかし、しかたない。遅れてくる人たくさんいて、そのせいで客席ざわざわすることもけっこうあった。それは仕方なくない。天災に見舞われたー!とかいうんなら仕方もなかろうけれども、仕事とか自分の都合で開演に遅れてくるヤツはバカだ。あと、演奏中にぐーすかぴーすか眠りこけてるヤツもバカだ。場の空気を読めないヤツ。心地よくてウトウトていうのならわかる。初日あたりならちょっと疲れていたらここの管理人も眠っていたかもしれない(>_<)でも最終日は違った。二日目も違った。三日目は知らない。
リラックスと緊張感のふたつが無理なく同居していた。ぴーんと張り詰めた空気、にもかかわらず、どこまでもゆったりとなつかしいような気持ち。どこかちがう宇宙に連れてこられたような気持ち。そんな中で聴いてんだか聴いてないんだか?ひょこひょこ頭動かして鼻くそでもほじってるのか?図体でかくて頭もでかいくせに脳みそ足りなくて、後ろの人の迷惑に気がまわらない大バカ野郎、いたネ。あなた、あほですか?と。音楽聴く耳持ってンですか?と。いますぐ退場してください、と。そんなことはもちろん云えないんだが(>_<)、ほかのコンサートだったらたいして気にもならないようなそんなことが、いちいち気になった。せっかくの美しい空気が汚されるような気がしたからだ。特に、背の高いでかい人はそのこと自覚してもらいたい(笑)はなはだしく迷惑。

宮田茂樹さんの話によると、去年の来日公演は、ミウシャから「ジョアンが日本に行きたがってるから、呼んであげて」ていう電話のあったことに端を発するらしい。いままでにも、ジョアン来日の企画はあったらしいが、みなつぶれていた。どうもジョアンは日本来たくないんじゃなかろうか?飛行機嫌いといううわさだし、もうおじいさんだし、しんどい思いして日本にまで行くことない、そう思っているのかと思っていた。ジョアン、コンサートを突然キャンセルしたり、遅刻したりするので、いくつか訴訟をかかえていて、その費用をまかなうために金の稼げる日本に行こうと決意した、とかいううわさも聞いた。けど、みんなウソだった。そもそも、ジョアンはメキシコに住んでいたとき、好んで日本風の家屋に暮らしていたらしい。今年はどうだか知らないが、去年はホテルの部屋に畳(あるいは畳マット?)を持ち込んでいたらしい。日本に対してなんらかの特別な感情をもともと、持っていたらしいことがいまならなんとなくわかる。これまた宮田茂樹さんのインタビューによれば(ほぼ日)、ジョアンはこの15年ほど、遅刻したことはあっても、コンサート、キャンセルしたことはないそうだ。去年の、ジョアンの動向を逐一伝える場内アナウンスを思い出す。「ジョアンがホテルを出ました」「ただいま会場に到着しました」ていう放送に思わず拍手したりする。怒ってる人もいたそうだけれど、そこで、思わずいっしょに拍手出来る、思わず笑顔になってしまう、そんなことになにかしらの一体感みたいなものを感じていなかったとは云わない。日本公演が無事終了しますように、て、もちろん、ここの管理人はもう大人ですから、そんなコトバがあからさまに心中にあったわけではないんだけれど、ジョアンが演奏してくれることを祈っていた。ジョアンが日本の観客を気に入ってくれますように、て思っていた。おれはジョアンの大ファンというわけではないし、ボサノヴァ・ファンというわけでもないけれど、一生懸命聴こうと思っていた。そう思ってた人は多いと思う。そんな気持ちをだいなしにする大バカ者もいくらかいたが、目立たなくてよかった(笑)いや、目立ったか(爆)でももしかすると、そんな大バカ者のおかげで、なおさら、会場の空気が盛り上がったのかもしれないネ。そんな人も必要なんだ。ホントは。バカ者、バカ者てなんだよ!おれのことかよ!?て思った人いたらごめんネ。もっとも、そんな人は、ここ読んでないと思うけどネ。

あー...。
今日も本題にたどり着きませんでした。

だいたい、大切な話ていうのは、なかなか云いがたいモノあるので、まわりのほうばっかり話しちゃったりするのよネ。
ヘミングウェイの「武器よさらば」だったか「日はまた昇る」だったかにそんなセリフあるンよ。

  「その話をすると思い出が消えちまうよ」
  「だからまわりのほうだけ話してるのよ」

だいじな思い出。話すと消えてしまうかもしれない思い出。

思い出した。
小さい子は、生まれてからしばらくはお母さんの胎内にいたときの記憶を持っているのだそうです。あるタイミングで聞けばそれを話してくれるという。でも一度きりしか話してくれないという。一度話すと忘れちゃうんだそうで。話さなかったとしても、その後の急速な知能の発達と世界の広がりが、その記憶を深い場所に埋めてしまって2度と掘り起こすことはできない。

とりあえず、つづく(と思う)

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2004.10.13

ジョアン・ジルベルトの夜 その1

2004年10月11日。
ジョアン・ジルベルト・ジャパン・ツアー2004最終日。東京国際フォーラム。
もう一日以上過ぎた。いつもなら部屋でなにかしら音楽を聴いている。イヤフォンして電車の中でも音楽聴いている。でもまだなにか聴きたいという気持ちにならないで困っています。頭の中でえんえんと「バイーアの思い出」?が鳴っている。
今回のジョアンはどうかしていた。あんなに楽しそうなジョアンは見たことないし聞いたことない。

コンサートに遅れる。遅れるだけならまだしも突然キャンセルする。ホテル暮らしで誰とも会わないで一日中パジャマ姿で音を消したテレビ見ながらギター弾いて唄っている。数小説のフレーズを一日中でも繰り返し弾いている。インタビューにはいっさい応じない。夜中に外出して高速道路すっとばして親しい友達を訪ねる、夜中に電話でしゃべりまくる...。
ジョアンの奇人変人ぶりはいろいろ伝えられていて、そんな話を聞いてるだけで、いったいどんなヤツなんだ?て思う。ちょっと聴いてみようか?て思う。なにしろ、ボサノヴァの生みの親らしい。ボサノヴァと云えば、トム・ジョビン(アントニオ・カルロス・ジョビン)なら知っているし好きだ。ジョビンの曲はどれもこれも洗練されていて、聴いてて安心できる。ぽろんぽろんと弾くピアノの音数少ないのに表情豊かなのですごいナーと思う。ジョビン晩年に小野リサが一緒に録音した曲がある。そこには、ピアノだけ弾いてればいいのに、ふんふん鼻歌してるジョビンがいて、うるさいナーとか思ったり(笑)これがどこぞのおじさんだったら、バカヤロて思うんだろうけれど、ジョビンだからこんなハミングでもいいのだ。もちろん、ピアノも弾いてる。ゆったりたっぷりした伴奏で、それだけで、なにかいい気分にさせられる。リサやんがいちばん気持ちよさそうなんだ(笑)

ジョビンはボサノヴァの名曲をたくさん作ったし、ジョアンももちろん、ジョビンの曲をたくさん演奏してるんだけれど、ふたりは必ずしもいつも仲良しだったわけではない。ルイ・カストロ著/国安真奈訳「ボサノヴァの歴史」(音楽之友社)読めばそう書いてある。ボサノヴァがこんなふうに生まれてきたなんてちっとも知らなかった。いい本を読んだと思った。ジョアンとジョビンはどちらかというとむしろ、けんかばかりしていた。ジョビンがアメリカで活躍し始めてからは、ほとんどふたりのつきあいはなかったみたい。けど、ジョアンはこないだ、ジョビンの孫の誕生日にお祝いに行ったそうだ。それはジョアン来日公演を成功させた宮田茂樹さん(ディアハート)のエッセイでどっかで読んだ。ほぼ日かな?たぶん。ジョアンはジョビンのことなんかもうあんまし考えていないのかナ?と思っていた。彼の出自はボサノヴァというよりサンバみたいだから。でもそうでもないらしい。ジョビンの孫の誕生日をちゃんと覚えていて、プレゼントにこれを渡そう、とかうれしそうに考えているジョアンがいるらしい。でも、さあ届けよう、と思った頃にはすでに夜中になっていて、車を駈って出かけても、当の本人には会えなくて門番みたいな人にことづけて帰ってきちゃったらしい。でも「プレゼント渡せてよかったよ」て無邪気に笑うジョアンがいるらしい。親友ではなかったかもしれない、親友だったかもしれない、それにしても生涯忘れることのないだろう人間の孫の誕生日をちゃんと覚えてて祝ってあげたい、と思うジョアンがいるらしい。ふーん、て思っていた。

ジョアンの東京公演の感想を書こうと思っていたのに、なかなか本題に入れない(笑)

ジョアン・ジルベルト大阪・東京公演2004の様子はすでにあちこちでレポートされてるので、同じことココで書いてもしょうがないし、書く能力も管理人にはありませんから、具体的な内容が知りたい人はココ読んでもムダですよ(笑)
ここまで読んで、バカヤロ早く云えよ、て思った人、ごめん(>_<)

ココは個人的な感想と思い出の記録場所。

つづく(たぶん)

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2004.07.11

ジャングルぐるぐる探検隊

タイトルだけ見るとなんのことだか?さっぱりわかりませんが、17世紀バロックの定期コンサートのタイトル。7月10日(土)「ジャングルぐるぐる~」は今回が2回目だそうです。出演者は、隊長:栞形(くわがた)亜樹子さん(チェンバロ)、副隊長:山内房子さん(ソプラノ)のおふたり。観客は隊員なんだそうでした(笑)
プログラムは、17世紀の宮廷詩人トルクァート・タッソの十字軍遠征に材をとった長編叙事詩「エルサレム解放」(のち「エルサレム征服」として改作)をモチーフにした当時の歌曲、チェンバロ曲。エルコーレ・パスクィーニ、シジスモンド・ディンディア、ビアジョ・マリーニ、ベルナルド・パスクィーニ、マルコ・マラッツォーリ...と書き並べてみたところで、ここの管理人の知ってる名前はひとつもありません。当然、知ってる曲もひとつもありませんでした。あまり聴いたことのない旋律とリズムですので、もちっと聴きなれてみないとなんだかよくわからない。

それで、まわりのほうだけ、少し書いとこうと思うんですが、
隊長と副隊長のおしゃべりがね、曲間にたくさんはさまるんですけど、どんどん話がずれて音楽以外のおしゃべりもたくさんだったんですけれど、面白かった。したら、副隊長の山内さんが「わたしの実家のほうでは、昔はいろんな迷信がありましてねえ」とか云いだして。
「まずね、石を拾って持って帰ってはいけない」
えー!なぜだ!?おれは、屋久島の石持って帰って、いつも大事に枕頭に置いてます。
「ことに赤い色の石はだめなんです」
なにがどうだめなんだろうか...?
「そしたらね、どうなるかというとね、石をうちに持って帰ったら、そのうちのお母さんが便所に落ちるんですよ!」
なんだそりゃ~?て一同笑い。そんな迷信聞いたこともない。
まだある。
「まだあるんですよ。人のポケットに手を突っ込んではいけない」
はー?
「それは、いまでもダメなことでしょ~!」
て隊長のツッコミあったんですが、ひるまない。
「いいえー、たとえば、相手の肩とか腰とかに手廻してたりして、ちょっと手首の角度変わるとうっかりポケットに手がはいっちゃうことあるでしょう?あーゆうのもダメなんですよ」
「へえ~?」
不満げににたにた笑う隊長。
「そうするとね、どうなるかというと、その人のうちが火事になるんです!」
ははー?面白い。まだ続く。
「最近、実家に帰ることあったんですけれど、それでね、こんな迷信あったよねえ、て云ったら、そんなの知らないよ~、て云われたんですよ!どうやら私だけしか知らない迷信だったみたいで」
みごとにオチたみたいですが(笑)、こんな迷信ほんとにあったんだろうか?て思いました。
「まあ、私んとこの田舎はねえ、辻ごとにお年寄りが立ってて見張ってるようなとこでしたから、子供にそんなこと吹き込んでたのかもしれません」
辻ごとにお年寄りが立って見張ってる、てのもなんだかよくわからない。そんな制度?があったんだろうか?
演奏会終了後に出身はどちらですか?て聞いてみたら(ほんとは人に頼んで聞いてもらった)、愛知県も西南部、三重県に近いあたりだそうです。
迷信て云ってもたぶん、地域的にしろ一般に広がったものではないよねえ?てぼくはにらんでるんですが、どうなんでしょう?

演奏会、途中、休憩はさみますが、隊長の栞形さんが調律やりなおしてました。
途中のMCで聞いたところによると、いわゆる平均率の調律ではないんだそうで。さらにあとから人づてに聞いたところによると、ミーントーン調律というものなんだそうです。でもぼくには、違いはわかりませんでした(>_<;)
耳のいい人はいいねえ、て思いました。

演奏会のあった場所は猫御殿と呼ばれるお宅なんですが、設計誰だろう?て思って聞いてみたら、坂茂さんでした。なるほど。紙の建築で有名。2000年ハノーバー万博で日本館パビリオン担当したので知ってる人は知ってますね?いろいろ思うところはありましたが、それは割愛。

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2004.04.23

お母さんと子供のための古楽(とバッハ)に偏ったクラシック・コンピ

こんなクラシック・コンピ作ってみました。

01 エドゥアルド・グリーグ「アリエッタ」抒情小曲集より
02 J.S.バッハ「アリア」ゴルドベルグ変奏曲より
03 ロベルト・シューマン「鬼ごっこ」子供の情景より
04 ウィリアム・バード「パヴァーヌとガヤルド9番」
05-10 ベラ・バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」
11 J.S.バッハ「オルガン・コラール:汝の御座の前にわれはいま進み出で」
12 J.S.バッハ「オルガン・コラール:われら悩みの極みにありて」
13 J.S.バッハ「オルガン・コラール:われ汝に呼ばわる、主イエスキリストよ」
14 J.S.バッハ「プレリュード」無伴奏チェロ組曲第一番より
15 J.S.バッハ「アダージョ」2台のハープシコードのための協奏曲より
16 フランツ・シューベルト「グラス・コンチェルト」
17 ウスタシュ・DU・コロワ「ファンタジー1番」23のファンタジーより
18 アルチュール・オネゲル「ショパンの思い出」
19 リロイ・アンダーソン「舞踏会の美女」
20 マルカントワーヌ・シャルパンティエ「マニフィカト」
21 エクトル・ザズー「受難の詩」

あえて、演奏者は書くまい。ほんとは演奏者を書かなきゃ意味ないんだけど(笑)
グリーグ「アリエッタ」小さなアリア。抱きしめたくなるくらいかわいらしいすてきな小品。ゴルドベルグ変奏曲。音楽の宝物。シューマン。狂気とのはざまでたゆたう。バード。なつかしい響き。バルトーク。いつのまにか風になって疾走する。バッハのコラール。空いっぱいに広がる。アダージョ。2台のチェンバロでお話し中。シューベルト、大事に扱わないとこわれる。コロワ。シアワセの形。オネゲル。タイトルどおり、過ぎ去った思い出。リロイ・アンダーソン。音楽の楽しさいっぱい。思わず笑顔になる。シャルパンティエ。聖母マリアの歌。Magnificat anima mea Dominum 私の魂は主をあがめ、わたしの魂は救い主なる神をたたえます。ザズー「受難の詩」キリストの受難と復活に関する歌。ラサフィオナ・ニ・コナーラの慈しむような声と輝かしく空いっぱいに響きわたるトランペットがおおらかにやわらかに喜びを歌い上げて、しかし、地殻からマントルに染み渡るように消えていき、ほんの1時間ほどの小さな旅は幕を閉じるのでした。

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2004.03.23

ロバと「イノセンス」と伊藤君子

「ロバが旅に出たからといって、馬になって戻ってくるわけじゃない」

だれでもその器なりにしか生きられない、という比喩らしいですけどね。出典は知らない。
「イノセンス」て映画で出てきたセリフ。
絵がきれいでしたね~。みとれた。内容はまあ、霊(←誤植でない)のごとくというかなんというか、ここの管理人はけっこう、こんなお話好きだけど、それはそれとして、あんまし誰も云わないので、書いとこう。
最初から最後まで、登場人物のセリフがね、ほとんど、古今東西の箴言で構成されてます。孔子からお釈迦さまからキリスト・聖書からミルトン、デカルト、禅語とかことわざとか、いろいろね。ぼくはそれ聞いてんのが面白かったです。ちょっときざたらしくて鼻につくけどね(笑)機械(ロボット)も哲学してるんだねえ、詩人なんだだねえ、とか思いながら観てました。

あとね、主題歌、ジャズ・シンガーの伊藤君子が歌ってんですが。アランフェス・コンチェルトのメロディでね。そいがさ~、いいねえ、て思いましたけど。伊藤君子、もう10年近く前、美空ひばりに捧げたアルバム作ったんですが、それすごく気に入ってしばらく聴いてたんですが、大人ぽくてさ~。いま、日本人もジャズもいろんなシンガーいますけど、伊藤君子てすでに別格だなあ、とか思いながら、ラストクレジットの歌に聴きほれてました。

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